私たち日本語母語話者が特に意識せずに何気なく使っている「~んです」。
もしかしたら、え、どこに「~んです」を使ってた?なんて思ってしまうこともあるかもしれません。
それくらい、私たち日本語母語話者にとっては何の苦労もなく使える表現なんです。
これナシに自然な会話ができるか、と言われたら、おそらく答えは「NO」。
でも、「じゃあ、どんな意味なの?」と聞かれて、すぐに答えられますか?
日本語の中には「母語だからこそ、わからない」というものが多々ありますが、「~んです」は、その中でも典型的なものの一つと言えるのではないでしょうか。
だからといって、日本語教師という仕事をする上で、避けて通れないのが、この文型。
なぜなら、大抵、どの初級の教科書にも出ているからです。
「みんなの日本語」では、初級Ⅱの一番初め・26課に出てきます。これが理解できなくて「初級Ⅱは難しい!」というイメージを持ってしまい、その後の学習もつまずいてしまうという学習者も多いので、かなり嫌なところです。
苦手意識を持っている教師の方もいらっしゃるでしょう。
でも、ちょっと考えてみてください。
この文型、本当に理解できないほど難しいのでしょうか。
本当はそんなに難しくないのに、教える側がちゃんと理解していないがためにうまく伝えられていないとしたら、学習者にとって不幸なことですね。
そこで、この記事では、「~んです」の正体をつかんで「苦手な『んです』」を「得意な『んです』」にするポイントをお伝えしたいと思います。
「~んです」の正体を知れば、明日から「~んです」を積極的に教えてみたくなること、間違いなし!ですよ。
1.なぜ「~んです」が「苦手」になってしまうのか
多くの教師が「苦手だ」と言う「~んです」。あなたはどうですか?
まず、なぜ「難しい」「わからない」「苦手だ」と思われてしまうのか、ちょっと分析してみましょう。
『みんなの日本語』のような文型積み上げ式の教科書で「~んです」を教える場合、必ずと言っていいほど質問されるのが、「~んです」を使う文と使わない文はどう違うのか、ということでしょう。
たとえば、例として「お腹が痛いんです」のような例文が出てきますが、「お腹が痛いです」と「お腹が痛いんです」は何が違いますか、と聞かれますよね。(←ここ、ネイティブなら「何が違う『ん』ですか」と言うところですね!)
ネイティブなら、それぞれが表すものが違うことは感覚的にわかりますが、それを非ネイティブにわかるように説明するとなると、うーん…となってしまいます。
「~んです」の説明が難しい理由①「ん」がなくても意味が通じる
なぜ説明に詰まるのか?
それは、これらの文が表している「事実(命題)」が、2つとも「お腹が痛い」という同じことだから、
つまり、「文の意味」が同じに見えるから、です。
なので、学習者に聞かれたときに「文の意味は同じだけど…」と答えざるを得なくなります。
そうなると学習者たちは「なーんだ、同じなら別に『ん』がなくてもいいじゃん!」という思考になり、「~んです」を理解する妨げになってしまうのです。
学習者からしたら、同じことを言う表現が2つもあるなんて、面倒くさいだけでしょう。
どうして2つも(しかも似たような形で!)あるか、何がどう違うのかわからなかったら習得できません。
そういう意味で、学習者にとって「難しい文型」ということになってしまうのです。
「~んです」の説明が難しい理由②「モダリティ」を考えていない
では、教師にとっては何が問題か?といえば、普段あまりにも「~んです」を自然に使いすぎているため、それに大きい意味があるなんて考えたことがないから、の一言につきます(笑)
もう少し日本語学的に言えば、
「~です(=のだ)」がモダリティ(ムード)を表す表現である、という認識・感覚が薄いから
ということになるでしょうか。
「モダリティ」なんて言うと、それだけでもう「文法用語なんて聞きたくない!」と拒絶反応を示されてしまうかもしれませんが、平たく言えば、「その事実をどうやって伝えるか」という「話者の気持ち・態度」を表す部分がモダリティです。
他には「かもしれない」や「はずだ」などがありますが、これらだったら、意味を説明するのはそんなに難しくはないですよね。
「~んです(のだ)」もモダリティですから、厳密には違う意味が付加されているはずなんです。
それなのに、前述のように「文の意味は同じだけど…」のように答えてしまうということは、ある意味、自分で自分の首を絞めてしまっているようなものと言えます。
文は、本来この「モダリティ」までを含めて意味を成している。そう考えると、上のような答えがNGであるということがおわかりいただけるでしょう。
「~んです」の説明が難しい理由③使用場面を紹介しても、使う理由をはっきり教えられない
また、もしかして、「文の意味は同じだけど…使う場面が違います」などと説明している方もいるかもしれません。
もしそうだとして、うまくその「場面」を示せていますか?
よく使う場面として、「病院で医者に症状を伝える」とか「理由を尋ねられた時に答える」などを取り上げているかもしれません。
確かに、それらの場面では「~んです」を使うかもしれませんが、それは表面的・形式的なことであり、肝心の「なぜその場面で『~んです』を使うのか」ということには言及できていないのです。
「~んです」はモダリティを表す表現ですから、それをわかったうえでその場面を示さないと、本当の意味で理解できたことにはなりません。
教師が「~んです」が持っている意味をちゃんと理解しないまま授業をすると、結局は「こういう場面では『~んです』を使います。覚えてください。」のように形式的になり、学習者は(もしかしたら教師も?)はっきり理解できていないため、いつまでもモヤモヤし、
「~んです」は難しいなあ…
という気持ちになってしまう、というわけです。
このままでは、「~んです」の苦手な人を多く作り出してしまいかねません。
早速、次の章を読んで、「~んです」の正体をあぶり出しましょう。
2.「~んです」の正体 ~ポイントは、相手への「働きかけ」~
さあ、ではいよいよ「~んです」の正体に迫ってみましょう。
1章で「~んです(のだ)」はモダリティを表す、と書きました。何のモダリティか?と言えば、文法書などでは「説明」となっています。
また、もう少し嚙み砕いて書いてある日本語教育の文法指導書で「~んです」を調べると、「状況や理由を説明するときに使う」と書いてあります。
では、『ん』の入らない「お腹が痛いです」は?
日本語学的には「~ん(の)」が入っていない場合は、ただの「事実の叙述」ということになります。つまり、「お腹が痛いです」は「お腹が痛い」という事実を述べている文、です。
「お腹が痛いんです」は、「お腹が痛い」という事実を「説明」している文、です。
これら二つの文を解説するとこういうことになりますが、これで、学習者に2つの文の違いを教えられますか?
まだちょっと難しいですね。学習者から見たら、違いがわからないですよね。
モダリティまで入れて解釈したのに、どうして??
そうなると、「~んです」を理解するのに「理由や状況を説明する」という認識だけでは不十分だ、ということになります。
つまり、「~んです」には、文法書にも書ききれていない隠された意味があるということなんです!
気になりますね。
具体的に見ていきましょう。
2‐1「痛いんです」「痛いです」ー手を差し伸べてもらえるのは?
まずは、実際の場面を思い浮かべてみましょう。
友人や同僚が具合が悪そうにしている…そんな様子を見て、優しいあなたは声をかけます。
<例①>
何か元気ないね。どこか調子が悪いの?/調子が悪いんですか。
うん…ちょっとお腹が痛いの(痛いんだ)。
/はい…ちょっとお腹が痛いんです。
まあ、多少の不自然さには目をつぶっていただくとして(普段、私たちは会話の中で、文末の「です/ます」までしっかり言うことはあまりないので)、このような感じでしょうか。
もう、最初の質問の時点から「ん」が入っていることに注意してください。
この状況だったら、「ん」を入れないで相手に状況を聞くことはないだろうと思うんです。
試しに「ん」なしの会話を作ってみると、
<例②>
どこか調子が悪いですか。
はい…お腹が痛いです。
日本語の授業の中だったらあり得るかもしれませんが、実生活では、こんな会話、ほとんどないですよね?
では、ここにどんな意味・気持ちが込められているでしょうか。
「~んです」のポイント①:相手に働きかける気持ちが込められる!
<例①>では、質問するほうは、具合が悪そうな人に話しかけるわけですから、そこには「具合が悪いのかな?どういう状況なのか教えてほしいな」というような気持ちが存在していると考えられます。
また、答えるほうは「お腹が痛いっていうことを伝えたいな。今、お腹が痛い状況にあるということをわかってほしいな」というような心情ではないでしょうか。
それに対して、<例②>の会話からは、そのような「気持ち」は伝わってきません。
無味乾燥な「事実確認」といった感じがします。
つまり、
「んです」を使うときには、相手に対する何らかの「気持ち」が込められているということです。
この場合、質問をするときには、「あなたは今、〇〇という状況に見えるけど、それは当たっていますか?状況を教えてください!」という気持ち、答えるときには「実は、今、〇〇という状況です。これをわかってください!」という気持ちです。
言い換えれば、相手に働きかける気持ちが込められてる、ということです。
「相手への働きかけ」がまだピンと来ないなら、こういうふうに考えてみてください。
- ①「お腹が痛いんです。」
- ②「お腹が痛いです。」
言われたとき、「大丈夫ですか。」「それは大変ですね。」のようにリアクションしたり、「病院にいきましょうか」「薬を飲んだほうがいいですよ」のように対処法を提案したりしたくなるのはどちらですか?
これは、圧倒的に①じゃないでしょうか。
②は、まるで病院で医者が患者の症状の確認をしているかのようにも聞こえます。
つまり、②には、「相手に働きかける」機能はない、ということです。
「お腹が痛い『ん』です。」と言われたら、ネイティブのみなさんなら直感的に「あ、じゃあどうしたらいいかな?」という方向に思考が動くと思いますが、いかがでしょうか。
2‐2 「どうしたんですか」「どうしましたか」ー事情を説明しやすいのは?
もう少し、「~んです」を使って質問をする状況について考えてみましょう。
2‐1で書いたように「~んです」は相手に働きかける気持ちを含んだ表現です。
これを質問に使うのは、どんな時でしょうか。
例えば、誰かが何かおもしろいものを持っていたとします。
アイディアグッズとか、今はやりのキャラクターのグッズとか。
あ、おもしろそう…かわいいなあ…私も欲しいなあ…
それ、どこで売ってるんですか。
いくらくらいするんですか。
色やサイズは他にもあるんですか。
また、友人のAさんがとてもすてきな写真を見せてくれました。旅行先と思われる、きれいな景色やお寺などの建物が写っていました。とても気になります…。
どこに行ったんですか。
このお寺はどんなお寺なんですか。
ここからどのくらいかかるんですか。
ここは何が有名なんですか。
など、聞きたくなりませんか。
「~んです」のポイント②:相手から説明や情報を引き出す
このような時の心理は「それについてもう少し詳しいことを教えてください!情報をください!説明してください!」というようなものですね。
反対に「んです」の入った質問を受けた側は、「説明を求められているんだ」と感じ、「じゃあ、説明しよう」「状況説明をしていいんだ」という気持ちになります。
ここでも、「んです」の入っていない文の場合はこのような意味・気持ちが含まれないので、ただの「事実確認」のようになります。
- 「どこに行ったんですか。」
- ←「場所を知りたいです!教えてください!」
- 「どこに行きましたか。」
- ← 単に、行った場所、あるいは地名について聞いている。
そして、タイトルにも掲げた「どうしたんですか」と「どうしましたか」。
みなさんが、すんなり自分の状況を説明しようという気持ちになれるのは…前者ですね。
「どうしたんですか」には、それ以上言わなくても、「何か事情がありそうですね。私、聞きますよ?話してください」というような意味が含まれているからです。
これで、何か事情を聞きたい時に「~んです」の入っている表現を使う理由がおわかりいただけましたでしょうか。
それにしても、私たちネイティブはこれを無意識に使い分けているって、けっこうすごいですよね(笑)
3.授業に生かそう!
ここまで見てきたように、「~んです」の正体は、「相手に働きかける気持ち」です。
授業で扱う時には、2章で見たように、私たちネイティブが最も自然に「~んです」を使用するのはどんな時か、ということを中心に考えましょう。
例えば『みんなの日本語 初級Ⅱ』では26課に出てきますが、『文型練習帳』を見ると、「確認する」「状況を説明する」「理由を聞く」のように分けて示してくれています。
この中のどれからやるのが最もわかりやすいのか、自然なのか、もう一度自分の頭の中で考えてみてください。
うちに帰ってきた人が濡れた傘を持っているのを見て「雨が降っているんですか」と聞く。…というような練習が載っています。
一見よさそうですが、これ、どんな気持ちで聞いているんでしょうか。
「あなたの傘を見ると濡れているけど、それ、雨が降っているということですか?教えてください」
という感じでしょうか。
確かに、このような状況の時に質問するかもしれませんが、「気持ち」の部分がわかりにくいですよね。そもそも、濡れた傘を見て、こういう「気持ち」、湧いてきますか?
しかも、「確認」しているのでしょうか。
ちょっと違う気がしますね。
このような例では「~んです」あるいは「~んですか」を使う本来の意味が生きてきません。なので、教科書の教材は、ちょっと無視しちゃいましょう。
学習者の興味を引く「~んです」の使用場面
ではどうしたら「気持ち」重視で導入できるのか。
それは、実際に学習者が「あ、それ、知りたい!もっと詳しく聞かせてほしい!」という気持ちになるような素材を選ぶ、ということです。
この気持ちを引き出すには、学習者が「身近」に感じるものでなければなりません。
「自分」とリンクさせられなければ、「気持ち」は生まれないし、「気持ち」が生まれなかったら「~んです」を体感することはできないからです。
一例を挙げると、
学習者たちは、一番身近な日本人である先生のことに興味を持っています。自分たちが知っている学校での顔ではない先生のことを、あれこれ聞きたがると思います。その心理を表現するのにぴったりなのが「~んですか」なんだということが感覚としてわかれば、導入は成功です。
自分のプライベートを出すのはちょっと…という場合は、違う路線で学生の興味をひきつけましょう。
みんなが楽しみにしている行事であれば、自然と詳細を知りたくなるでしょう。その心理を利用して色々なことを質問させます。
こうすれば、かなり自然な文脈の中で「~んですか」を使わせることができます。
別の記事にも書きましたが、導入さえうまくいけば、もう授業は8割成功したも同然です。
この「~んです」の「相手に働きかける気持ち」という基本的な意味の部分をしっかりわからせることができれば、そのほかの「状況を説明する」や「理由を聞く/説明する」ときに「~んです」を使ったほうが効果的な理由も自然とわかってくるでしょう。
逆の言い方をすれば、「~んです」の正体を知らずして授業に臨んでしまうと、「確認」や「説明」といった表面上の機能に気を取られてしまい、「~んです」の本質をおさえることが難しくなってしまうのです。
さあ、みなさん、「~んです」の正体を少しはイメージできましたか?
こんなにおもしろい「~んです」、ぜひみなさんの中の「得意」なレパートリーに加えてくださいね!
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