日本語教育の主流は直説法(日本語のみを使用して授業をする)です。学習者との共通語は日本語のみ、という状況で授業をしている教師がほとんどでしょう。が、しかし!言葉が通じない相手と一緒にいるのが不安なのは日本語教師も同じ。
日本語だけでひらがな・カタカナを教えるのはどうしたらいいの?ワタクシ、1週間文字学習だけを楽しく授業しました。その時の方法をお伝えします。
まずは何より教室用語の準備
「あ」も「い」も知らない学習者との第1コマ目にすること。それは挨拶言葉と教室用語の準備です。日常生活でよく使われる日本語の挨拶言葉と、教室でよく使われる言葉のフレーズを日本語と学習者の母国語で用意し、発話練習します。
挨拶・教室用語の例
日本語の挨拶 | 教室用語 |
---|---|
おはようございます | 始めましょう |
こんにちは | 終わりましょう |
こんばんは | 休みましょう |
ありがとうございます | わかりますか。…はい/いいえ |
すみません | 名前 |
お願いします | 宿題 |
答え |
漢字を使うかどうかは、そのときの学習者(学校の方針)によって決めます。このような言葉を日本語と母国語で用意し、発話練習しながら意味を覚えさせます。教科書付属の教材のイラストがあるなら、それを使うのもアリです。完璧に覚える必要はなく、教室に「日本語・ふりがな・母国語」をセットにして掲示しておくと、便利です。
↑こんな感じで用意します。(英語を母語とする学習者の場合)イラストは「かわいいフリー素材集 いらすとや」から拝借
掲示しておくと、教師の発話だけではわからない学習者がいる場合、指さしするだけで通じるので便利です。この挨拶言葉&教室用語と教師の笑顔があれば、学習者との最低限のコミュニケーションはばっちりです!
学習者の目的確認
ひらがな&カタカナの学習を始める前に、必ず確認する事項。それは、学習者の目的。
- 日本留学や日本での就職、日本語は趣味だけれども読み書きまでしっかりやりたい!という学習者
- 初級レベルの日本語が話せることが目標で、書くことは求めていない学習者
どちらの目的を持っているのか、授業開始時に把握します。
「読み書きができることは求めていない!」という学習者でも、使用する教科書がひらがな・カタカナで書かれているものでれば、ある程度のスピードで読めるようにしておかなければ、その後の学習に大きく影響します。読むのに必死で、語彙・文法学習にたどりつかない学習者がいるからです。
読めるようになることを目標にしていない場合は、ローマ字で書かれた教科書を選ぶことをお勧めします。
書き方&読み方 導入
書き方の導入は下記の①~③の流れです。
- 教師が黒板に「あ」と文字を書きながら、発音。
- 書き順も示す。
- 学習者にも書かせる。
あ行の書き方を練習した後、読み方の練習に移るのが一番やりやすいです。学習者が書いた際のミスは共有し、読めないことを学習者に伝えます。言葉がわからなくても大丈夫!学習者と同じ間違いをした文字を教師が黒板に書き、悲しそうな顔をして、「わかりません」と言えば、学習者には伝わります。
書くことに慣れていないときは、マス目の中央に十字の点線があるものを使ったほうが書きやすいです。
アプリや動画で行う場合
教師が黒板に書かずに、アプリや文字学習動画を使用するのもアリですが、その場合は
- 書き順がわかるものにすること(書き順を間違えると、書いた後の文字の形が大きく異なってしまい、読めなくなってしまいます)
- 手書きと印刷文字の違いに注意を促すこと。私が勤めた学校では教科書体を使っていました。
- 子ども用に開発されたものは、学習者が子ども扱いされている気持ちになり、不愉快になる可能性もあるので要注意。
以上の3点に気を付けてください。
書くのは家で練習できるのでは?
書くのは家でできるから、教室ではできるだけ発話させたい、と思う教師もいることでしょう。私もそう思っていました。しかし、今までの私の経験では、家で書く練習ができる学習者は、文字を独学で勉強してから学校に来て、それで問題ありませんでした。何らかの理由で一人では文字学習ができなかった学習者が教室にいるのです。そんなにたくさん書かせる必要はありません。3~5文字程度でも問題ありません。書かせてみましょう。
読み方 練習
「読めればじゅうぶん」「書けなくてもいい」学習者は以下の練習から始めるといいです。ひらがな1文字のカードを学習者に見せて、読む練習をします。全体で読む練習をしたあと、個人をあてて、読む練習をします。
↑このようなひらがな1文字のカードを使うのが便利です。印刷文字を使用する場合は、教科書体がおすすめです。
1文字が読めるようになったら、2文字以上を読む練習をします。
↑意味がわからない文字を読むのは面白みに欠けますので、このように、ひらがなとイラストか、学習者の母国語での意味が書いてあると、言葉の意味もわかり楽しくなります。
ちなみに、あ行とか行が終われば、
かき(柿) | かう(買う) |
こい(恋) | かお(顔) |
あか(赤) | こえ(声) |
かく(書く) | あかい(赤い) |
かこ(過去) | あおい(青い) |
かい(貝) | あき(秋) |
などの言葉を読むことができます。
さ行まで読めるようになったら、どんな言葉を読むことができるのか、た行まで読めるようになったら、どんな言葉を読むことができるのか、事前に確認しておき、練習カードを作っておくと、毎回の授業準備が楽になりますよ。
撥音(「ん」の音)
日本語の「ん」に種類があることをご存知ですか?私は大学で学ぶまで知りませんでした…。「ん」の発音練習をした際に問題なくできているようなら、特に説明は要りません。ただ、外国語によっては、この「ん」の違いが意味の違いになる場合がありますので、学生に意味の違いがないことを提示してください。
説明を求められた場合は、私は5種類の「ん」を説明していました。
- 「ぱ ば ま」行の前の「ん」。
例)かんぱい(乾杯)・だんぼう(暖房)・しんぶん(新聞) - 「さ ざ た だ な ら」行前の「ん」。
例)せんせい(先生)・かんじ(漢字)・はんたい(反対) - 「か が」行前の「ん」。
例)けんこう(健康)・にほんご(日本語)・ほんこん(香港) - 単語の後ろの「ん」。
例)にほん(日本)・さくぶん(作文)・しゃいん(社員) - 「あ や わ」行前の「ん」。
例)れんあい(恋愛)・ほんや(本屋)・まんいん(満員)
直説法で授業をしている以上、舌の位置などの細かい説明はできません。
注意点
英語で単語説明をしてもいい?
学習者全員が英語がわかるとは限りません。わかったとしても、第二言語としての英語は、人によって理解度が異なるので、英語のみの記載は危険です。
あなたは鼻濁音が使えますか?
鼻濁音の「が・ぎ・ぐげ・ご」については、使い分けている日本人のほうが少ないので、私はあえて意識する必要はないと考えています。鼻濁音の有無を気にする学生がいても、意味の違いはないことを伝えればそれでかまいません。ただし、同じ鼻濁音が使える教師がいる場合は、学生からのクレームにつながることがあるので、注意してください。
カタカナの練習を楽しむにはどうしたらいい?
カタカナを嫌がる学習者が意外に多いです。カタカナ語のディクテーションがいつまでもできない学習者も多いですから、最初のうちは「だいたいできればOK」くらいの気持ちで取り組むほうが、ストレスなくできます。
教科書の新出語を読んでも楽しくないですから、
- 有名人の名前
- ゲームの名前
- 車の名前
- 会社の名前
- アニメの名前
- 食べ物の名前
学習者の好きなものをイラストや写真付きで読む練習をしてください。自分の好きなものだけメモする学生もいるので学習者の嗜好を知るヒントにもなります。
間違っても、本来カタカナ表記しない言葉をカタカナにして読む練習をするのはやめてくださいね!『例)つくえ(机)→ツクエ』ひらがなとカタカナの使い分けに混乱する学習者が出てきてしまいます。
発音を母国語でメモさせてもいい?
発音がなかなか覚えられないので、文字の横に母国語でメモする学生がいます。例えば、中国人学生が「あ」の発音が覚えられないので、文字の横に中国語で「あ」の発音に近い「啊」を書きます。しかし、「啊」の発音は「あ」ではないので、一向に正確な発音ができません。学生に注意を促してください。
似ている語彙を使って発音練習
日本語教育では、「ミニマル・ペアで練習」と言われてるもので、似ている語彙を使って聞き取り練習・書き取り練習をするものです。下記のような語彙ふたつを発音したり、聞き分けたりする練習をします。
- かんそう(感想)・かんじょう(感情)
- おと(音)・おっと(夫)
- びよういん(美容院)・びょういん(病院)
- かかく(価格)・かがく(化学)
どのような発音が言いにくいか、聞き取りにくいかは学習者の母語によって異るので、教師は事前に調べておくこと。意味がわからない言葉をひたすら読み続ける、というのは非常につらいので、カードなどで学習者に文字を見せる場合は言葉の横にイラストや母国語で説明を入れておくこと。
読む練習ができたら、ディクテーション(書き取り)の練習をします。最初から単語を書きとるのは難しいので、単音から練習を。書くことが目的でない学習者は、単語を聞いて、同じ語彙を選ぶことができれば十分です。
- かんそう・かんじょう
- おと・おっと
- びよういん・びょういん
↑このような問題を数問出題し、聞いた言葉のほうに〇をつけさせます。
カードゲームで文字練習
文字や単語のカードをかるたのように並べ、教師が言った発音と同じものを学習者が取るゲームです。数名のチームで行うと盛り上がります。ひらがな1文字で行うか、単語で行うか、カタカナ語で行うか…いろいろ種類が作れます。
教師がカードを手作りするときは、厚紙かラミネートで保護したほうがいいですよ。カードは思う以上にボロボロになり、カードゲームをするたびに作り直さなければならなくなりますから。
ケータイ 早打ちゲーム
教室にwifi設備があり、学習者がケータイかタブレットを持っているときはこのゲームができます。
- グループLINEなどで、クラス全員をひとつのグループにします。当然指定のアプリでアカウント持っていることが条件です。
- 教師が決められた言葉を言います。
- 学習者はできるだけはやく、聞いた言葉を打ち、グループ内に送信します。
文字が書けなくても、パソコンやケータイで文字を打ちたいという学習者は多いので、文字の打ち方を紹介したあとにやってみると、盛り上がりますよ。
テンポよくすすめるコツ
文字の授業は「パン!パン!パン!」「1・2・3!」とテンポよく進めることが大切です。学習者に「先生は今何をしているんだろう・・・。」と思われてはいけません。教師が「あ、次は何をしたらいいんだっけ?」と戸惑ってはいけません。共通語がない中での沈黙はいつも以上に重いのですよ。
そのために、
- 指示を明確にすること!(問題には番号をつけると指示しやすい)
- 同じ練習を長い間続けない!
この2点が大切です。
言葉が通じないので、指示は教師がアクションで学習者に示します。同じ練習を長い間続けると集中力がなくなるので、避けてくださいね。
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