第2回では、語彙のコントロールの話をしました。私はある程度ならコントロールの外に出てもいいと言う話を書きました。今回は、教科書に出てくる「文型の提出順」の外に出てみるということを書きます。
教科書に出てくる「文型の提出順」はよく練られてできていますが、それを変えることで、より自然にスムーズに文型導入ができる場合もあります。そこで、みんなの日本語第33課『と言っていました/と伝えていただけませんか』を例に考えてみたいと思います。
教科書ってそもそもどう作られているの?それぞれ特徴や違いがある?
日本語の教科書といっても、文法、漢字、語彙、聴解、読解、会話と様々です。それぞれ教科書にコンセプトや構成の特徴があります。
ここでは初級文法の教科書を挙げて、簡単に教科書分析をしてみましょう。
シラバスや教科書によって変わる提出順
養成講座では教材研究の授業があります。また養成講座によっては、シラバスや教科書に応じた教え方の授業があったりもします。教材研究で色々な教科書を見ると、文型の提出順が違っていることに気がつきます。
ある教科書では、動詞の変化は辞書形が一番最初に出てきたり、ビジネス日本語の教科書では、敬語の練習が前半にあったりと、シラバスや教科書の特色によって、文型や語彙の提出順は変わってきます。
大きく違う理由は、教科書ごとのシラバスが違うからといっていいでしょう。
例えば、『まるごと』であれば課題シラバス・can-doシラバス、『できる日本語』であれば場面シラバス、『Jブリッジ』であれば話題シラバス、『みんなの日本語』であれば文法(構造)シラバスのように分類できると思います。
そこで、教科書のシラバスに、今回のテーマである「提出順を変えるかどうか」という点も加えてまとめてみました。
代表的な教科書 | シラバス | 教科書で決まっている文型の提出順 |
---|---|---|
できる日本語 | 場面シラバス | 変えるとよくない |
まるごと | 課題シラバス can-doシラバス | 変えない方がよい |
Jブリッジ | 話題シラバス | 変えない方がよい |
みんなの日本語 | 文法(構造)シラバス | 変えたほうがいいところもある |
場面シラバスの教科書では、場面から使う文型を選んでいるため、文型の提出順を変えることはないと思います。変えてしまったら、その場面で使う文型や会話がおかしなってしまいます。
課題シラバスや話題シラバスの教科書でも、課題を達成するために使うべき文型、ある話題について話すときに必要になる文型を前提にしているため、提出順の通りに教えるのが良いと思います。
しかし、『みんなの日本語』のような構造シラバスの教科書では、易しいものから難しいものへ、積み上げ式になっています。文型Aがわかれば、文型Bもわかるようになるという順番で文法が並んでいます。(現在形の後に、過去形表現が出る。て形ができれば、た形もわかるのような並び順。)
易しいものから難しいもの、AができればBがわかると分類がしにくいものは、どうしてこの課にあるのか?別の課に動かしてもいいのでは?と疑問に思うものもあります。
教科書の提出順はよく出来ている
表にまとめて考えてみると、場面シラバス、課題シラバス、話題シラバスの教科書の提出順やシラバスはよくできていて、教える側に親切で、準備がしやすく感じます。
文法(構造)シラバスの教科書は、ある意味で自由がきき、教師に委ねられている面が大きいといえます。『みんなの日本語』についていえば、『日本語の基礎』『新・日本語の基礎』からの歴史もあり、日本語教科書の大御所でしょう。
それ以外の教科書は、『みんなの日本語』の後発教科書と言えて、文法(構造)シラバスの反省に基づいて生まれた教科書なので、よく練られて、よく出来ていて当然だと思います。『みんなの日本語』について、様々な意見がありますが、かなり多くの学校やボランティアが使用していることも事実なのです。
そこで、自由がきき、教師にやり方が委ねられていることを利点にして、第33課を例に、提出順を変えることでよりよいものにしていきましょう。
提出順よりも実際のやりとり
提出順を変えれば、実際のやりとりを一つの場面にまとめて、スムーズに導入することができます。みんなの日本語第33課「と言っていました/と伝えていただけませんか」で見ていきましょう。
教科書の順で
この2つの文型は、第33課の練習A5とA6として出てきます。どうしてこの順番なのでしょうか?みなさん、順番だけを考えてください。どうでしょうか?
文法(構造)シラバスの教科書という点から考えて、私は、「平易な(普通な)表現から、より丁寧な表現」という順番だと考えます。
この2つの文型では、「伝聞の表現である」ということと、「誰が誰に」伝聞するのか、なぜ「〜ていただけませんか」なのか、これらを教えなければなりません。
A5「と言っていました」を実際の場面に即して教案を書くとすると、
教案例1
(学生Aが、先生に)「先生、ワンさんが今日休むと言っていました」
A6「と伝えていただけませんか」
教案例2
(学生Aが、鈴木先生に)「鈴木先生、山田先生に作文は明日出すと伝えていただけませんか」
教案例3
(学生Aが、電話でアルバイト先に)「あっ、副店長ですか。私、リーです。店長に、少し遅刻しますと伝えていただけませんか」
教案例1〜3のどれも、間違いではありません。伝聞であることは学生もわかると思います。しかし、「誰が誰に」という点は少しわかりにくいですし、なぜ「〜ていただけませんか」なのかもはっきりしません。(もちろん、提出順を守って、違いのわかる教案が書ける先生はいらっしゃると思いますが、私は提出順を変えたほうが近道だと思いますので。)
易しいものから難しいものへのはずなのに、わかりにくいところもありますし、教案1と教案3を使ったら、場面も違っていますし、使い分けがはっきりしない感じがします。
提出順を変えて
実際のやりとりを考えて、提出順を逆にして、教案例を紹介したいと思います。まずはA6「と伝えていただけませんか」の導入から。
Tは教師。Sは学生。
ーーーここから教案ーーー
T:みなさん、学校を休むときは、どうしますか?
S:友達に言います/学校に電話します/LINEします(SNS利用)など
T:学校に電話をしてください。
T:電話で何を話しますか?
S:頭がいたいです/休みますなど
T:そうですね。もう少し話しましょう。
T:○○クラスの(名前)です。
頭が痛いですから今日休むと鈴木先生に伝えていただけませんか。(板書)
電話のやりとりの絵をかく。 (この絵が大事。絵を残して、A5提示へ。)
ーーー教案ここまでーーー
続いて、A5「と言っていました」の導入。Tは教師。Sは学生。
ーーーここから教案ーーー
T:学校を休みます。電話をしません。何をしますか?
T:(携帯電話が止まっているでもよい。)
S:友達に言います。
T:友達が学校に来ました。何と言いますか?
S:先生、○○さん、今日、休みます。
T:そうですか。わかりました。
T:「先生、○○さんが今日休むと言っていました。」(板書)
T:これを言いましょう。
友達からの伝言と先生のやりとりの絵をかく。
ーーー教案ここまでーーー
教案解説
A6からA5という順に提出順を変えて、「学生が学校を休む」という場面設定で文型提示をしました。
板書と絵も含めて、「伝聞の表現である」と「誰が誰に」伝聞するのかは、かなりわかりやすくまとまったと思います。なぜ「〜ていただけませんか」なのかという点も、人を介して先生に伝えてもらうという依頼の要素が加わっているということも絵があることで、学生にはわかりやすくなったと思います。
A5からA6という教科書の提出順に沿って、教案を書くのもいいですが、私は初めて第33課の教案を書いたときから、難しいなあと思っていました。
実は、この「学生が学校に休みを伝える」という場面設定(設定はよくできたと思っていました。)を、A5、A6という順でやっていました。そして、黒板が広い教室で、(画像と同じように)絵を書きながら「あっ!」と気がついたのをよく覚えています。
授業が終わって、「A5とA6を逆にすればスッキリする」と思い、それ以降はA6からA5という順に変えています。これなら、学生も「言っていました」と「伝えていただけませんか」がゴチャゴチャになって迷うこともありません。
最短距離で教える
少しのことで、導入場面はほとんど動かず、しかも文型の違いがはっきりしたと思いませんか。
私は、このSenSeeMediaのライター紹介に、「最短距離で違いの分かる文法指導が授業のモットー」と書いています。「最短距離で」というのは、「できるだけ余計なものを削ぎ落としてシンプルに」「わかりやすく短い」という意味です。
第2回と今回の教案は、私の経験の中で作っていったものです。『わかりやすくシンプルな教案』に加えて、『教師が作りやすい教案』は、ルールから多少外れたほうがいいとわかったからです。
まとめ
日本語の授業はチームティーチングで教えることが多く、教科書にある文法を何人かの先生が教えることになります。一人の教師が文型を複数受け持つ場合、ただ文型を順序通りに教えるのではなく、その順序を疑ってみてください。
順序を変えることで、その文型を使う場面でより自然で、しかも学生が理解しやすいものが見つかると思います。でも、基本は絶対に大事ですからね!これは忘れないでください!(私も基本を守って、教案の書き方は、養成講座時代から全く変わっていませんから。)
基本がわかった上で、少し外れてみる。経験の浅い方、文法の授業が苦手な方、教案作成にどうしても時間がかかってしまう方への教案作成のヒントになれば幸いです。
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