「て形」は日本語学習者にとっては第一関門ですよね。
こちらの記事にあるように、作り方のルールが沢山あってとても大変なのですが、絶対に避けて通れない項目です。
て形」がちゃんと作れるようにならないと、今後の学習もうまく行きませんからね。
ですから、「て形」は嫌でも時間をかけてやらなければなりませんし、一通り練習しても多くの学習者は定着しないので、しつこく復習してあげることになると思います。「て形の歌」なんてものまで用意されています(バリエーションも豊富です!)教師のほうも、「今日はて形だ!」と少し構えてしまうものです。
この記事では「て形」のときにできる発音指導を紹介します。まずは、正しく語形変化させることが大切ですが、学習者に少し余力があるようであれば、「プラスアルファ」「おまけ」「息抜き」と言った感じででもやってみてください。
[て形発音指導]ミニマル・ペアとは
ミニマル・ペアとは
ミニマル・ペアって覚えているでしょうか。養成講座などを受講された方は、教授法や音声学・音韻論の授業で出てきたのではないかと思います。
ミニマル・ペアについて少しおさらいしましょう。
ミニマル・ペアとは、1カ所だけ音の要素が異なる最小対です。(ヒューマンアカデミー2021: 220)
例えば、
息(いき)/駅(えき)、
記事(きじ)/指示(しじ)など、
1か所だけが違うもののペアです。
ミニマル・ペアは、母音や子音、アクセントなど、発音に関してある一つの項目に注目させたいときに役に立ちます。教授法の一つオーディオ・リンガル・メソッドでは、母語話者並みの正確さを身に付けることが目標とされており、発音の練習の際には、このミニマル・ペアがよく使われていたのですよね。
また、音声学・音韻論の分野で「音素」の概念を学んだときにも、ミニマル・ペアが沢山出てきたのではないかと思います。ちょっとここで「音素」についても復習しておきましょう。
音素とは
音素については、筆者の「音声学の復習⑤撥音「ン」の発音~能力試験合格を目指そう」でも説明しているので、そちらもご覧いただければと思います。
音素とは、「語の意味を区別する働きのある最小の単位」です。(猪塚・猪塚(2019)、ヒューマンアカデミー(2021))
- [kʲiʑi] と [ɕiʑi]
- →[kʲ]と[ɕ]の違い。入れ替えると意味が変わる(「記事」と「指示」)。
- →違う音素
- [sake] と [θake]
- →[s]と[θ]の違い。入れ替えても意味が変わらない(両方「酒」)
- →同じ音素
上記の例、記事(きじ)/指示(しじ)の場合、
違いは[kʲ]と[ɕ]だけですが、両者を入れ替えただけで意味が変わりますよね。そのとき、この2つの語はミニマル・ペアであると言います。意味が変わると言うことは、この2つの音[kʲ]と[ɕ]は、日本語においてはそれぞれ別の音素に属することになります。(=[kʲ]は/k/、[ɕ]は/s/という音素に属する。)
もう一つ、酒(さけ)という言葉について、皆さんはおそらくこう発音するでしょう。
酒 [sake]
この[s]の部分が例えば、[θ](英語のthの音)に変わり
[θake]
と発音されたとしたら、若干の違和感はあるものの、それで意味が変わることはありませんね。酒(さけ)のことだと解釈すると思います。意味が変わらないということはこの2つの音[s]と[θ]は同じ音素(/s/という音素)に属するということになります。(=[s]も[θ]も、/s/という音素に属する。)
そして、2つの音が同じ音素に属するか、違う音素に属するかは言語によって違います。例えば上記の例、[s]と[θ]は、英語ではそれぞれ違う音素に属します。
ミニマル・ペアの例
音素という言葉を復習したところで、もう一度ミニマル・ペアについて説明すると、「音素一つが異なっていて、それが入れ替わると意味が変わる」単語のペアということになります。
- 息 [ikʲi]/駅 [ekʲi] →[i]と[e]を入れ替えると意味が変わる
- 記事 [kʲiʑi] / 指示 [ɕiʑi] →[kʲ]と[ɕ]を入れ替えると意味が変わる
また、この2つの例もそうですが、ミニマル・ペアとなるには原則、音声の数も一緒でなければなりません。(原沢(2019: 78))息(いき)[ikʲi]と機器(きき)[kʲikʲi]はミニマル・ペアではないということですね。
ただ、原沢(2019: 78)は、特殊音素(促音(っ)、撥音(ん)、長音(ー))を含む場合のみ、音声の数が違うのはいいとしています。実際、原沢(2019)に限らず、特殊音素を含み音声の数が違うもの同士をミニマル・ペアとして載せているテキストは沢山あります。
発音指導でミニマル・ペアを用いる場合は、練習させたい項目にあったペアをいくつか出しましょう。例えば、
有声無声の区別
- 会社[kaiɕa] /外車[gaiɕa]
- パリ[paɾʲi]/バリ[baɾʲi]
- 炊く[takɯ]/抱く[dakɯ] など
特殊音素(促音、撥音、長音)
- 長音:おじさん[oʑisaɴ]/おじいさん[oʑi:saɴ]
- 撥音:柿[kakʲi]/換気[kaŋkʲi]
- 促音:一[itɕi]/一致[ittɕi]
アクセント(音素は全く一緒だが、アクセントだけが違うもののペア)
- 箸[haɕi](高低)/橋[haɕi](低高)
- 牡蠣[kakʲi](高低)/柿[kakʲi](低高)
[て形発音指導]「て形」で作れるミニマル・ペアの例と授業での取り入れ方
『みんなの日本語』では、「て形」は第14課で出てきます。
ミニマル・ペアが作れる、ということは、学習者が第14課までの語彙や文型を教室の外で使ったときに、発音が曖昧だと聞き手には正しく伝わらない(ミニマル・ペアのうち、学習者が言ったつもりではないほうの語彙だと誤解されてしまう)可能性があります。
第14課までの語彙で作れるミニマル・ペア、そしてそれらの取り入れ方、練習方法を考えていきましょう。
「みんなの日本語」第14課「て形」までの語彙
ご紹介するのは促音、アクセントです。
( )内には、その動詞の「ます形」が初めて出てくる課の番号を書いています。
促音
- 切って(第7課)/来て(第5課)
- 行って(第5課)/いて(第10課)
アクセント
- 読んで(第6課)/呼んで(第14課)
- 切って/切手(第11課)
促音
促音を含め特殊音素の発音は、筆者の「音声学の復習⑤撥音「ン」の発音~能力試験合格を目指そう」にも書いたのですが、多くの学習者にとって難しいんです。
日本語は「拍」の言語と言われています。「拍は全て同じ長さ」「1拍にひらがな一文字が入る」という決まりがありますが、この特殊音素も1拍と数えなければなりません。
- 切って:3拍 → 「き」「っ」「て」は全て同じ長さ
- (2拍目「っ」が短くならないように!)
- 来て:2拍 →「き」「て」は全て同じ長さ
ところが、リズムの単位が「拍」ではなく「音節」である言語(英語、韓国語、中国語など)では、この特殊音素はそれだけで一つとは数えないので、そのような言語の話者は、「切って」の「っ」が短くなってしまうことがあります。そうすると日本語母語話者の耳には「来て」というふうに聞こえたりしてしまいます。
クラスで練習するときは、「切って/来て」の違いを示したうえで、「き」「っ」「て」が同じ長さであること、「っ」でしっかり待たなければならないことをわかってもらいましょう。
- 手拍子しながら「切って/来て」のモデル発音を示す
- 教師の手拍子に合わせてミムメム練習(教師のモデル発音に続いて、学習者が真似して言う)
- 「っ」の意識ができたと思ったら、手拍子無しで、普通のスピードで言う(これもやはりミムメム練習からやったほうがいいと思います。その後で、一人ずつ言わせるなら言わせましょう。)
「行って/いて」も同様です。
また、この練習のとき「切手(第11課)」を出してもいいと思います。「聞いて」(第6課)を使えば、長音の練習ができます(長音も促音と同じ理由で、短くなってしまう学習者がいます。)ただ、「切手」や「聞いて」を「来て」を組み合わせると、アクセントも変わってしまうのが気になります(切手(低高高)、聞いて(低高高)、来て(高低)です。)
「切手」と「切って」をペアにするとアクセントの練習ができますね。
アクセント
「読みます」と「呼びます」、これらを「て形」にしたら両方「よんで」となってしまうんですよね。これらをどう分けているかというと、
アクセントですね。「読みます」は第6課で新出ですが、「呼びます」は第14課「て形」のところで初めて出てくる語彙です。両方とも「て形」の機械的練習では頻出の動詞なので、どこかのタイミングでぜひやってあげたらいいかと思います。
私が日本語教師になる前、日本語学校の授業を見学させてもらう機会がありました。そこでは第14課の「ましょうか」をやっていたのですが、先生はやはり「て形」を復習と言う形で取り入れていらっしゃいました。そのときに、この「読んで/呼んで」のミニマル・ペアを用いて発音練習していたのを覚えています。
アクセントの違いを意識させるために、例えば、
- ホワイトボードに、アクセントが「高」になるところの上に線を引く(「読んで」の「よ」、「呼んで」の「んで」)。
- 手を動かして高低を示しながら、発音する。
などして、やはり教師がモデル発音を示して違いを意識させてからコーラス、というのがいいでしょう。
「みんなの日本語」第15課以降の語彙
「みんなの日本語」では、第14課「~てください」「~ています」、第15課「~てもいいですか」「~ています」、第16課「~て、~て」と、しばらく「て形」が必要な文型が続きます。その間はどうせ「て形」の復習をやらなければならないので、いくらでも発音練習する機会があります。
- 促音:知って(第15課)/して(第6課)、切手/着て
- 長音:聞いて(第6課)/着て(第22課)
- アクセント:着て/来て
適宜取り入れてみてください。
まとめ
学習者は最初は「て形」を正しく作るだけでも大変でしょうから、慣れてきたころに様子を見て、少し発音練習を取り入れてみてはどうでしょうか。ホワイトボードの隅にでもミニマル・ペアを書いて、数分、数秒でミムメム練習をしてみてください。
また、第19課では「た形」を勉強します。「た形」の作り方は「て形」と変わらず、「て」が「た」になったようなものですから、紹介したような練習を「た形」でやってみるというのもいいかもしれません。
教師も学習者も重いと感じる「て形」ですが、より楽しく有意義に乗り越えられますように!
参考文献
- 猪塚恵美子・猪塚元(2019)『日本語教師トレーニングマニュアル1 日本語の音声入門解説と演習 全面改訂版』バベルプレス
- 田中真一・窪薗晴夫(2004)『日本語の発音教室 理論と練習』くろしお出版
- 原沢伊都夫(2019)『日本語教師のための入門言語学 演習と解説』スリーエーネットワーク
- ヒューマンアカデミー(2021)『日本語教育教科書 日本語教育能力検定試験 完全攻略ガイド第5版』翔泳社
教科書
- 『みんなの日本語初級Ⅰ第2版 本冊』スリーエーネットワーク
- 『みんなの日本語初級Ⅰ第2版 翻訳・文法解説 英語版』スリーエーネットワーク
コメント