音声学の復習【番外編】音声記号って覚えるの?~単語を音声表記できるメリットと音声記号の覚え方

音声記号は、どの程度勉強するかは人により異なると思います。ですが、養成講座に通った方などは、音声学の授業で、日本語の単語を音声記号で書く練習を沢山させられた方も多いのではないでしょうか。例えば、

「接種会場」だったら[seɕɕɯkaiʑo:]みたいに、こんなのを完璧に書けるようになることを目指すなんて最初は、信じられませんね。

受講者の方から「はぁ~。日本語の先生ってこの音声記号が全部頭に入ってるもんなんですね…。」などと言われることがありました。

実は、筆者自身は、日本語の音声記号が全て頭に入ってる状態になったのは養成講座で教えるようになってからです。実際、現場でほとんど使わないですしね。

養成講座で教え始める前、ある養成講座の音声学の資料を見てびっくりしました。日本語の単語を音声記号で書く練習問題が沢山あって、「えーこんなのやるの~?!」と(笑)

「ヒの子音は[ç]」というように一つ一つの記号をふわっと覚えておくならまだしも、それが色々組み合わされた50音全てを覚える、そしてそれを使って単語を音声表記するって結構大変じゃないですか。

筆者が能力試験を受けたのはもう10年くらい前なのですが、正直なところ、音声記号を覚えた記憶がありません…。筆者は試験の勉強は独学でしたから、「試験にあまり出なさそうだからいいや」と、自然とやることリストの中から外したのか、または、音声記号一つ一つのビジュアルに何となく目を通しておくぐらいだったのかもしれません。

能力試験には音声記号の問題が出るのかもしれないけど、現場で必須じゃないんだったら何で覚えなきゃいけないのか。

言ってしまえば、試験なんてそんなもの(?)だけど、音声記号覚えるのは試験のためとはいえ面倒。しかも、「日本語を見てそれを音声記号で書き表す」ということをこんなに苦労してやる必要があるのか。

音声記号を覚える理由は、なかなかどの本にも書いていませんでした。ただ、日本語の五十音の音声表記が頭に入った状態になって、良かったなぁと思う部分はあります。

筆者なりに考えた音声記号を覚える意味(というより、「五十音の音声表記の仕方を覚える意味」ですね)、楽な覚え方を紹介します。

目次

【音声学】音声記号を覚える前に…音声記号とは

急に音声記号を暗記しよう!と言われても困ってしまう人、多いのではないでしょうか。

いきなり暗記する前に、一緒に音声記号の復習をしていきましょう。この記事を読んでいる人の中には、既に音声記号を一通り学んだ方も多いと思うので、ここで思い出しておくと記憶に残りやすくなるはずです。

IPA(国際音声記号、国際音声字母)

IPA(国際音声記号、国際音声字母)とは、「あらゆる言語の音声を文字で表記するために、国際音声学会が定めているもの」(河野、2014: 160)です。音声記号は[     ]で括って表します。この音声記号の一覧は国際音声学会のホームページで見られます。

また、英語以外の言語に翻訳されたものはこちら、この中に日本語バージョンもあります。

この一番上の表「子音(肺気流)」、そしてその右下の「母音」は見たことがありますよね。日本語を含め世界の様々な言語にある子音、母音の音声記号が記されています。左下に「子音(非肺気流)」というのがありますが、日本語ではほとんどの音を肺からの呼気を使って作りますから(猪塚・猪塚、2019: 2)、あまり用は無いですね。

五十音の音声表記

上記の表から、日本語に必要なものだけを載せると次のようになります。撥音「ン」の記号は載せていません。縦の調音法が2段になっているところは、上が無声音、下が有声音です。

両唇歯茎歯茎硬口蓋硬口蓋軟口蓋声門
摩擦音フ[ɸ]サスセソ[s]ザズゼゾ[z]シ[ɕ]ジ[ʑ]  ※1ヒ[ç] ハヘホ[h]
破擦音ツ[ts]ザズゼゾ[dz]チ[tɕ]ジ[dʑ]※2
破裂音パ行[p]バ行[b]タテト[t]ダデド[d]カ行[k]ガ行[g]
鼻音マ行[m]ナヌネノ[n]ニ[ɲ](ニ[ɲ])カ゜行[ŋ]
はじき音ラ行[ɾ]
半母音ヤ行[j]ワ[ɰ]
  • 1 語中のザ行の子音は摩擦音
  • 2 「ン、ッ」の後、語頭のザ行の子音は破擦音

(ヒューマンアカデミー、2021: 478)

能力試験のPartⅡ、聞き取りの問題を解くときには、上記の表の簡易版を書いておくのもいいと思います。詳しくはこちらをご覧ください。

以下は、日本語の五十音の音声をIPAで表したものです。

あ aい iう ɯえ eお oきゃ kjaきゅ kjɯきょ kjo
か kaきkʲiく kɯけ keこ koぎゃ gjaぎゅ gjɯぎょ gjo
さ saしɕiす sɯせ seそ soしゃ ɕaしゅ ɕɯしょɕo
た taちtɕiつ tsɯて teと toじゃ(d)ʑaじゅ(d)ʑɯじょ(d)ʑo
な naにɲiぬ nɯね neの noちゃ tɕaちゅ tɕɯちょ tɕo
は haひçiふ ɸɯへ heほ hoにゃ ɲaにゅ ɲɯにょ ɲo
ま maみ mʲiむ mɯめ meも moひゃ çaひゅ  çɯ  ひょ ço
や jaゆ jɯよ joびゃ bjaびゅ bjɯびょ bjo
ら ɾaり ɾʲiる ɾɯれ ɾeろ ɾoぴゃ pjaぴゅ pjɯぴょ pjo
わ ɰaみゃ mjaみゅmjɯみょ mjo
が gaぎ gʲiぐ gɯげ geご goりゃ ɾjaりゅɾjɯりょ ɾjo
ざ(d)zaじ(d)ʑiず(d)zɯぜ(d)zeぞ(d)zo
だ daぢ (d)ʑiづ (d)zɯで deど do
ば baび bʲiぶ bɯべ beぼ bo
ぱ paぴ pʲiぷ pɯぺ peぽ po

特殊音素は以下の通りです。

  • 撥音「ン」:[m][n][ɲ][ŋ][ɴ][Ṽ](こちらの記事をご覧ください。)
  • 促音「ッ」: 後ろにある子音を2つ重ねる
  • 長音「ー」: [:]

拗音の表の[j]が入っている段については、色々な表記の仕方があり、例えば、「ぴゃ、ぴゅ、ぴょ」だったら、[pja]のほかに、[pʲa]や[pʲja]などがあります。ここでは一般的な表記と言われる[pja]を使うことにします。(ヒューマンアカデミー、2021: 480)

【音声学】音声記号を覚える意味

音声記号、思い出せましたか。それとも、やはりローマ字と違うところもあるし、なかなか難しいでしょうかね。じゃあ、能力試験の音声記号の問題は捨てますか?(笑)

次は音声記号を覚える意味について考えてみましょう。難解で面倒に思える音声記号も、覚えてみると意外と役に立つこともあるんです。メリットを知ったら、勉強するモチベーションも上がるはずですよ。

子音や母音を整理しやすくなる

最初は音声の一つ一つ、母音であれば「舌の前後位置、舌の高さ、唇の丸めの有無」、子音は「声帯振動の有無、調音点、調音法」を覚えなければなりませんよね。それから口腔断面図も、個々の音声の音声記号も。

この段階では、個々の音声の特徴や音声記号、それに当たる日本語の子音を別々に覚えている状態かもしれません。

これに加えて、日本語の五十音を音声記号で表すとどうなるのかを学び(結局は個別に覚えた音声記号の組み合わせでしかないのですが)、日本語の言葉を音声記号で全て表す練習も経て、五十音表ごと頭に入れるのです。

そのほうが、日本語の音声をより理解でき、長い目で見ると、個々の音声記号の特徴も記憶に残りやすいと思います。

例えば、「シ」は音声表記すると[ɕi]だったよな…他の段は[s]なのに「シ」だけ違うのはどうしてだった?そうか、口蓋化が起きるから調音点が違うんだった!…という具合ですね。何でも、「ビジュアルで表すとこうだ」というものがあったほうがいいですよね。 

現場では音声記号こそ使わなくても、学習者の発音の何が違っているのか(舌のつく位置?呼気の出し方?口の開き具合?etc.)は判断できなければなりませんよね。

そのためにはやはり個々の音の特徴、子音なら声帯振動の有無、調音点、調音法は全て記憶しておく必要があります。それだったら、覚えやすく、記憶に残りやすい方法で覚えたいじゃないですか。そんなとき、音声記号は役に立ってくれます。

日本語の音声をより客観的に捉えられる

五十音の表を見ると、目に入ってくるのは私たちが普段親しんでいるアルファベットばかりで、ローマ字を書くのと変わらない感じがしますが、ところどころ違いますよね。

それはどうして違うのでしょうか。その理由もセットで覚えていくのです。「子音(肺気流)」の表に戻って、調音点と調音法を思い出したり、更には口腔断面図で口内の状態を確認したりしながら。

IPAのところでご紹介したリンクを見ると、あらゆる言語の音声が書かれています。

例えば日本語の母音「ウ」は、[ɯ]と書きますが、[u]じゃないの?と思いますよね。英語では[u]という音声記号を使うのですよね。じゃあどうして日本語の「ウ」は[ɯ]と書くのか?英語の[u]と何が違うのか、などと考える(思い出す)ことになります。

「フ」は[ɸ]なの?[f]じゃなくて?[ɸ]は両唇摩擦音のところに書いてありますが、その隣の唇歯摩擦音のところに[f]がありますね。英語のfiveの最初はやはり[f]で発音されます。日本語の「フ」とは調音点が違います。

英語や他の外国語を勉強するときにも、役に立つと思いますよ。

【音声学】音声記号を覚える楽な方法

ここまで読んでくださった方、「音声記号を覚えると役に立つのはわかった!でも、覚えるのが面倒なんだよ!!」と思っていませんか?

次に、日本語の五十音のIPAを覚える方法を紹介します。

丸暗記ではなく、イメージして体感しよう

当然、それぞれの音声に対応する記号だけを覚えていっても意味はありません。というか、つまらないし、大変ですよね。 前のセクションでも書いたように、どうしてその音声記号なのか確認しながら覚えていきます。

その音声は、どこを使ってどういう風に出す音なのか調音点と調音法の名前を押さえ、口腔断面図のイメージとも合わせます。更に本当にそのようになっているのか、自分でも発音して「体感」します。そうやって、個々の音声の特徴を理解し、それを記号で表すとこうなるということです。

最終的には、それぞれ違う特徴を持った音声たちに、目に見える「記号」がついているほうが、記憶に残りやすいと思いませんか。

ローマ字表記ではない、気をつけたいところ

音声表記が普通のローマ字表記とは違うところを解説していきます。同じ行の中である音声の子音だけが、他の段とは違って見慣れない記号である(普通のアルファベットではない)ということは、調音点など何かが違うということです。

また、アルファベットにない記号のものは、少なくとも英語母語話者にとっては馴染がなく、出すのが難しい音だと言えるのかもしれません。

母音

・ウ [ɯ] 

 日本語の「ウ」は[u]じゃなくて、[ɯ]です。他の行もウ段は全部[ɯ] なので気をつけてください。うっかり[u]と書いてしまうものです。

  • [ɯ] :非円唇後舌狭母音 
  • [u]:円唇後舌狭母音

非円唇と円唇の違いですね。英語では[u]という記号が使われ、唇を突き出して「ウ」と言いますが、 日本語の「ウ」は唇を丸めないで言います。ちなみに日本語の母音で円唇は「オ」[o]だけですね。

子音

・イ段 [ʲ]がつくもの、つかないもの

五十音表を見ると、イ段のところだけ、子音が他の段と違いますよね。それは「口蓋化」という現象があるからです(口蓋化=硬口蓋化。後ろに母音「イ」が来ると、子音の調音点が硬口蓋のほうにずれる現象。(ヒューマンアカデミー(2021, 475-476) )

ですが、口蓋化の記号[ʲ]がついていたり、ついていなかったりしますよね。何故でしょうか。よく見ると、イ段の子音の音声記号が、他の段と違うものになっていたら[ʲ]はついていなくて、他の段と同じ子音が残っている場合は、その右肩に[ʲ]がついています。

  • [ʲ]がついていないもの
    • シ[ɕi] チ[tɕi] ニ[ɲi] ヒ[çi] ジ[(d)ʑi]
  • [ʲ]がついているもの
    • キ[kʲi] ミ[mʲi] リ[ɾʲi] ギ[gʲi] ビ[bʲi] ピ[pʲi]

まず、[ʲ]がついていないものは、子音の音声記号が他の段と違いますね。それは、口蓋化して調音点が他の段からずれているからです。歯茎から歯茎硬口蓋に移動するパターンが多いですね(「ヒ」は硬口蓋です。)

また、英語にある[ ʃ ][ ʧ ][ ʒ ][ ʤ ]は、調音点が硬口蓋歯茎であり、日本語の「シ」「チ」「ジ」よりも舌がつく(近づく)部分が少しだけ前になります。

[ʲ]がついているものは、他の段と同じ音声記号が残っていますね。これらは他の段と調音点は変わりません。ただ調音点が変わるほどではないけれど、やはり口蓋化しているので、[ʲ]がつきます。

・ハ行

ハヘホは[h]で表されていますが、ヒが[ç]、フが[ɸ]になっています。調音法は全部摩擦音ですが、調音点が違います。

  • [h] 声門摩擦音
  • [ç] 硬口蓋摩擦音
  • [ɸ] 両唇摩擦音
・ザ行

ザ行は、語頭に来るのか語中に来るのかで、調音法が変わります。

  • 語頭、「ン、ッ」の後:有声歯茎破擦音[dz](「ジ」は有声歯茎硬口蓋破擦音[dʑ])
  • 語中:有声歯茎摩擦音 [z](「ジ」は有声歯茎硬口蓋摩擦音[ʑ])
  • 語頭にあって破擦音である場合、頭に[d]をつけてください。
・ラ行

アルファベットの[r]ではなくて、[ ɾ](有声歯茎弾き音)です。[r](有声歯茎震え音)でも[l](有声歯茎側面接近音)でもありません。

・ワ

日本語の「ワ」の子音を[w]と書く場合もあるそうなのですが、[ɰ](非円唇)です。英語では[w]が使われていて、wantの最初は[w]で発音されますね。これは円唇であり、両者の調音点が変わってきます。

  • [ɰ] 有声軟口蓋半母音
  • [w] 有声両唇・軟口蓋半母音
・拗音

拗音はイ段の子音に、母音[a][ɯ][o]をつければいいです。イ段で[ʲ]がついてるものに関しては、先述のように拗音の表記の仕方はいくつかあるので、それによって全く同じ表記とは言えませんが。

まとめ

いかがですか。音声記号を覚えるモチベーションが少し上がったり、覚えやすいと思っていただけたら幸いです。一つ一つ理解して覚えたならば、授業や能力試験などで直接は使わなくても、現場で学習者に対して発音指導する際、自信をもってできると思いますよ。

参考文献

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