【外国語教授法を知って深みのある授業をしよう⑤】ASTPとオーディオリンガル・メソッド

皆さん、こんにちは。

今回は、【外国語教授法を知って深みのある授業をしよう】第5回と題しまして、ASTPとオーディオリンガル・メソッドについてご紹介します。

オーディオリンガル・メソッドといえばパターン・プラクティス。
そう、日本語教育の現場で、現在もなお使われている練習方法を生み出した外国語教授法なんです。

そして、ASTPはオーディオリンガル・メソッドの源流と言うべき外国語教授法。

そうです。今回ご紹介する2つの外国語教授法、ASTPとオーディオリンガル・メソッドは私たちに、そして現在の日本語教育に深い関係を持つ「外国語教授法」だと言えるのです。

それでは、さっそくASTPとオーディオリンガル・メソッドについて、一緒に見ていきましょう。

目次

ASTP-オーディオリンガル・メソッドの源流、短期集中での習得を目指した外国語教授法

まずご紹介するのは、ASTP。

ASTPとは、陸軍特別訓練プログラム(Army Specialized Training Program)の頭文字を取ったもの。
名前の通り、第二次世界大戦中にアメリカで開発された外国語教授法です。
別名アーミー・メソッド(Army Method)とも。

ASTPの特徴は、何と言っても「短期集中での習得を目指した外国語教授法である」ということ。

戦争中、対戦国の情報を素早く収集するためには、短期間で対戦国の言葉に通じた人材を育成する必要性がありました。そこで、短期集中で外国語習得を目指して開発されたのが、ASTPというわけです。

第二次世界大戦中に開発されたASTPですが、戦後も「効果的な外国語教授法である」と考えられ、オーディオリンガル・メソッドに受け継がれていくことに。

それにASTPの「分業スタイル」は、現在の私たちの授業の参考にもなるんです!

それでは、ASTPの言語観や練習方法について、さっそく見ていきましょう。

ASTPの基本的考え方―構造言語学とは?

ASTPのもとになっている考え方、それは構造言語学です。それでは、構造言語学とは?

構造言語学(structural linguistics、構造主義言語学)とは以下のようなものです。

  • 提唱された年代:1920年代
  • 提唱した人:ボアズ(F. Boas、アメリカの文化人類学者)、サピア(E. Sapir、アメリカの言語学者)、ブルームフィールド(L. Bloomfield、アメリカの言語学者)など
  • 基本的な考え方:「言語は構造体(structure)である」

構造言語学では、言語の体系を以下のようなものだと捉えています。

小さい要素から大きい要素へと。言語とは、一つ一つの要素が独立して存在するのではなく、有機的な結びつきを持つ「構造体」であるというのが構造言語学の考え方です。

「言語=構造体」であるならば、「言語教育=構造の教育」であるべき。

そこで、構造言語学をもとに開発されたASTPでは、言語の構造・型を学習するためのプログラムが開発されます。

ASTPの特徴―分業スタイルで効果的に教える!

構造心理学の「言語は構造体である」という考え方に基づき、ASTPでは言語の構造・型の学習を目指します。

ASTPの特徴は以下の5点。

  1. 短期集中授業
  2. 少人数クラス
  3. 実用的な構文を用いた口頭練習
  4. 徹底した口頭練習
  5. 教師の分業

ASTPが開発された目的は、第二次世界大戦中に対戦国の情報を得ること。

短期間で対戦国の言葉ができる人材を育成することが必要だったという時代背景をふまえると、①「短期間」に②「少人数で」③④「実用的な構文を徹底的に」練習したというのは、「なるほど~!」となりますよね。

特筆すべきは、⑤「教師の分業」。「教師の分業」ってどういうことなの?詳しく見ていきましょう。

教師の分業―上級教師とドリル・マスターをおいて得意分野を活かす!

ASTPでは、2種類の教師をおくという「分業スタイル」を用いて、言語習得を目指します。

2種類の教師とは、以下の通りです。

  1. 上級教師(senior instuructor)
  2. ドリル・マスター(drill master)

①「上級教師」は学習者と同じ母語を持つ教師です。第二次大戦中のアメリカの場合は、アメリカ人の言語学者が「上級教師」。

「上級教師」は学習者の母語で、音声や文法構造など、目標言語の説明をします。

②「ドリル・マスター」は目標言語の母語話者です。第二次大戦中のアメリカの場合は、対戦国の母語話者(例:日本語ネイティブ)。

「ドリル・マスター」は学習者の母語を使いません。「ドリル・マスター」の授業は、目標言語だけで進められます。

「上級教師」が学習者の母語で説明した学習項目について、徹底的な口頭練習(ドリル)を行うのが「ドリル・マスター」。「ドリル・マスター」の重要な役割は、学習者に自然な音声モデルを提供することです。

「ドリル・マスター」の授業では、「ドリル・マスター」が提供するモデルを真似し(mimicry)、覚える(memorization)ことが練習のメイン。そこで、「ドリル・マスター」による口頭練習は「ミム・メム練習」(mim-mem method)と呼ばれます。

学習者からみると、まずは自分の母語で説明を聞いて内容を理解してから、目標言語でしっかり練習することができるのがASTPの授業。

教師からみると、それぞれの特性を活かした授業運営となっています。

上級教師は、学習者の母語で説明するのが得意。一方ドリル・マスターは、目標言語のネイティブスピーカーなので、自然な発音を学習者に示すことができる。お互いを補完して、長所が活かせるというわけです。

もし、学習者と同じ母語を持つ教師(ノン・ネイティブ)と目標言語が母語の教師(ネイティブ)で1つのクラスを運営するなら、ASTPの分業スタイルは参考にしやすいですよね。

また、1人の教師でクラスを運営する場合でも、「今は学習者の母語で説明する時間」、「ここからは目標言語で練習の時間」と、一人二役で役割を演じ分ければ、ASTPの授業運営と同じ効果が狙えるんです。

皆さんの授業運営にも、ぜひASTPのいい所を取り入れてみてはいかがでしょうか?

オーディオリンガル・メソッド―ASTPを受け継ぐ外国語教授法

ここからは、オーディオリンガル・メソッドについて見ていきます。

オーディオリンガル・メソッド(Audio-Lingual Method、AL法)とは、一言で言うと「ASTPを受け継ぐ外国語教授法」。第二次世界大戦後に、ミシガン大学のフリーズ(C. C. Fries)によって確立されました。

ミシガン・メソッド、またはフリーズ・メソッドとも呼ばれます。

第二次世界大戦中のアメリカで、対戦国の言葉ができる人材を育成するために開発されたのが短期集中プログラムのASTP。では、ASTPを受け継いで確立されたオーディオリンガル・メソッドって一体どんな外国語教授法なの?

さっそくオーディオリンガル・メソッドについて、基本的考え方と練習方法を見ていきましょう。

オーディオリンガル・メソッドの基本的考え方―行動主義心理学とは?

オーディオリンガル・メソッドは、ASTPの流れをくんで、構造言語学の考え方を採用しています。
構造言語学にプラスして、行動主義心理学(behaviorist psychology)に理論的裏付けをおいたところが、ASTPから発展したオーディオリンガル・メソッドだけの特徴。

皆さんは「パブロフの犬」って聞いたことがありますか。犬に「ブザーを鳴らしながらエサを与える」ことを繰り返していたら、「ブザーが鳴る」だけで犬が唾液を垂らすようになったという、「条件反射」の話です。

行動主義心理学は、「パブロフの犬」に影響を受け、アメリカのワトソン(J.B.Watson)によって提唱されました。

行動主義心理学の考え方は以下の通りです。

  1. 人間や動物は、外界からの刺激に対し、様々な反応を示す
  2. その中で強化された反応が、再び起こりやすくなる
  3. 強化された反応が習慣化される

行動主義心理学の「刺激と反応、習慣化」の理論を活かしたオーディオリンガル・メソッドの外国語学習とは一体どのようなものなのでしょうか。

オーディオリンガル・メソッドの特徴―パターン・プラクティス

行動主義心理学の「刺激と反応、習慣化」の理論に基づき開発された外国語学習法が、「パターン・プラクティス」(pattern practice)です。

「パターン・プラクティス」の考え方は、以下の通りです。

  1. 教師の指示(=外界からの刺激)にすぐに答える(=反応する)練習を繰り返したら、
  2. 自然に答えられるようになって(=反応が強化される)、
  3. 外国語が上手に話せるようになる(=習慣化)に違いない!

「パターン・プラクティス」には、代入練習や変形練習などがあります。

①代入練習:教師が与える指示に従って、基本文の一部を入れ替える練習

 例)<基本文>わたしは 日本人です。

教師:中国人

学習者:わたしは 中国人です。

教師:韓国人

学習者:わたしは 韓国人です。

②変形練習:教師が与える指示文を一定の方法で変形させる練習

  例)「~てください」の練習

教師:窓を閉めます

学習者:窓を閉めてください。

教師:タクシーを呼びます

学習者:タクシーを呼んでください。

どうでしょうか。現役日本語教師の皆さんは、教科書でおなじみの練習なのではないでしょうか?

行動主義心理学に基づき、オーディオリンガル・メソッドの練習方法として開発されたパターン・プラクティスは、今なお現役の練習方法なのです。

パターン・プラクティスに対する批判―話せるようにはならない?

教師の指示(=刺激)に対して瞬時に答える練習を繰り返す(=反応の強化)ことで、外国語が話せるようになる(=習慣化)。

行動主義心理学の理論に基づいて開発されたオーディオリンガル・メソッドは、一定の学習効果が認められ、1950年代~70年代にかけて、世界中で採用されました。

しかし、オーディオリンガル・メソッドに対しては、時代が進むにつれて批判も出てきます。

オーディオリンガル・メソッドに対する批判には、以下のようなものがあります。

  1. パターン・プラクティスは、瞬時に文章を変換できるようになる。ただし、自分でその場にふさわしい文を作ったり、会話したりする力は育たない。
  2. 正確に文を変換することを要求されることで、委縮し、学習意欲がそがれる学習者が出てくる。

では、学習者がリラックスして、会話能力を育成するためにはどうしたらいいのか。次回は心理学に基づいた外国語教授法を紹介します。どうぞお楽しみに。

<参考文献>

  • 小林ミナ(2019)『日本語教育 よくわかる教授法―「コース・デザイン」から「外国語教 授法の史的変遷まで』アルク
  • 佐々木泰子編(2019)『ベーシック日本語教育』初版9刷、ひつじ書房
  • 高見澤孟・大島弥生(2008)『日本語教授法Ⅰ』(NAFL日本語教師養成プログラム2)改訂 2版第2刷、アルク
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