【外国語教授法を知って深みのある授業をしよう⑥】サイレントウェイ、CLL、TPR

皆さん、こんにちは。

養成講座で教授法概論を担当した筆者による『外国語教授法を知って深みのある授業をしよう』。第6回目の今回は、サイレント・ウェイ、CLL、TPRについてご紹介します。

サイレント・ウェイ、CLL、TPRの共通点は、心理学に基づいているということ。

学習者にリラックスしてもらい、学習者が主役の言語習得を目指す外国語教授法には、私たちの授業運営のヒントがあるはずです。筆者が実際の授業でやっていることや具体的な活動アイディアも紹介するので、ぜひ参考にしてみてください。

心理学をもとにした外国語教授法の数々を早速ひもといていきましょう!

目次

心理学に基づく外国語教授法の登場―サイレントウェイ、CLL、TPRの誕生

オーディオリンガル・メソッド以降、新しい外国語教授法が次々に開発されていきます。

オーディオリンガル・メソッドについては、筆者の記事『【外国語教授法を知って深みのある授業を使用⑤】ASTPとオーディオリンガル・メソッド』をご覧ください。

「パターン・プラクティス」と呼ばれる機械的なドリル練習を通して、外国語習得を目指し、一定の効果が認められたたオーディオリンガル・メソッド。しかし、時代が進むと、言語学的、心理学的な面から批判されることになります。

オーディオリンガル・メソッドに対する心理学立場からの批判とは、以下の通りです。

・正確に文を変換することを要求されることで、委縮し、学習意欲がそがれる学習者が出てくる。

確かに、正確な文章を作ることばかりを求められると、「間違ってはいけない!」と緊張しますよね。

それでは、学習者がリラックスできる外国語教授法とは?そうやって開発されたのが、心理学に基づいた外国語教授法というわけです。

心理学に基づいて開発された外国語教授法には、サイレント・ウェイ、CLL、TPRなどがあります。

心理学に基づく外国語教授法①サイレント・ウェイ―教師は沈黙する外国語教授法とは?

ここからは、心理学に基づいて開発された個々の外国語教授法を見ていきましょう。

まずご紹介するのは、サイレント・ウェイ(Silent Way)です。

サイレント・ウェイは、1960年代にガテーニョ(C. Gattegno, 1911-88)によって提唱されました。ガテーニョは、アメリカの心理学者です。

サイレント・ウェイの最大の特徴は、「教師がほとんどしゃべらない」こと。

教師はなるべく話さないようにすることから、「サイレント(沈黙)の教授法」とも言われます。

サイレント・ウェイの目指したものとは?そして教師がしゃべらない練習方法とは?

さっそく詳しく見ていきましょう。

サイレント・ウェイの考え方―言語学習とは「気づき」である

まずは、サイレント・ウェイの考え方、つまりガテーニョの理論について見ていきましょう。

ガテーニョは、子供が第一言語を習得する過程を研究し、次のように考えました。

「母語習得は100%に近い確率で成功している」

この記事を読んでいる皆さんは、日本語が母語である人が多いと思います。では、皆さんの中で母語(=日本語)が話せなくて困っているという人はいますか?

たぶん、いませんよね。

どうしてでしょうか?どうして、母語(=日本語)は100%近い成功率で話せるようになるのでしょうか。

ガテーニョの理論は、以下の通りです。

「子供は未知の物に出会ったとき、試行錯誤を経て、何が正しいか誤っているかに気づく。そして、未知の物を既知の物に変える力を持っている。」

つまり、子供の母語習得は、誰かに訓練を受けた結果ではなく、子供自身の「気づき」によるものだということです。

ということは、ガテーニョの理論によると、パターン・プラクティスのような習慣形成では、言語習得は達成不可能。学習者自身の「気づき」が必要ということに。

サイレント・ウェイにおける教師の役割は、「教える」ことではなく、「学習者に気づかせる」ことです。

サイレント・ウェイの授業―教師は黙って学習者を助ける⁉

サイレント・ウェイに基づいた授業では、教師は「教える」のではなく、「学習者の気づき」を促します。サイレント・ウェイという名前の通り、沈黙して。

教師が話さない授業とは、具体的にどのようなものなのでしょうか?

サイレント・ウェイに基づいた授業では、カラーチャートやロッドといった教具を使います。

カラーチャートは発音を色分けしたもので、音声体系を学習するのに使います。ロッドとは色がついた棒で、語彙や語形の練習に使用。

サイレント・ウェイの授業では、教科書を使いません。

教師は学習者を信頼し、自力で上達するのを見守ります。そして、学習者同士の人間関係を重視し、お互いに助け合って問題解決に当たることを勧めます。

独特な教具を使うサイレント・ウェイはとっつきにくく感じるかもしれません。

でも、教師が一方的に教え込むのではなく、学習者の自発的発話を促し、自分で気づかせるという考え方は、とっても参考になると思います。

直接法で学んでいる学習者は、よく「この文型とこの文型は何が違いますか。」、「この語彙とこの語彙は何が違いますか。」という質問をします。

学習者の質問を受けたとき、すぐに説明してしまいたくなるかもしれません。

でも、教師が一歩引いて、「何が違うと思う?」、「あ、これはこうなんじゃないかな?」。学習者同士で話し合うなど、学習者が自分で気づけるように「沈黙」の時間を持ってみるのはいかがでしょう?

一方的に聞いた知識よりも、自分で見つけた知識のほうが、身につきやすいものですよね?

サイレント・ウェイの授業が気になる方は、インターネットで動画なども見られますから、ぜひ参考にしてみてください。

心理学に基づく外国語教授法②CLL―「カウンセリング」を応用した外国語教授法

心理学に基づいた外国語教授法、2つ目はCLLです。

CLLとはコミュニティ・ランゲージ・ラーニング(Community Language Lerning)の略。アメリカの心理学者カラン(C. A. Curran)によって提唱されました。

カウンセリングの理論を外国語学習に応用したことから、カウンセリング・ラーニングとも。

CLLの授業において、教師の役割は「カウンセラー」。「新しい環境」(=目標言語環境)で困難を感じているクライアント(=学習者)に安心感を与え、自立を促します。

皆さんが外国語を学習したとき、外国語でうまく話そうとして緊張した経験はありませんか?

特に大人になってから新しいことを学ぼうとする場合、不安を感じたり、緊張したりしますよね?でも、心理的負担を感じていては、学習効果はダウン。

そこで、CLLでは、「教師は学習者の不安や恐怖を取り除くべき」と考えます。

カウンセリングを応用した外国語教授法CLLの授業風景とは?さっそく見ていきましょう。

CLLの授業―クラスは共同社会で教師はカウンセラー⁉

CLLに基づく典型的な授業風景。それは学習者が円形に座り、教師は学習者の背後に立つというものです。

どうして学習者を円形に座らせるのでしょうか?それは、教室の中に、学習者によるコミュニティーを作るため、学習者同士の信頼関係を築くためです。

教師が背後に下がるのはなぜ?円形の中心に教師がいると、学習者が威圧感を感じますよね?学習者の脅威にならないように、教師は背後に立つのです。

CLLの授業は以下のように進められます。

  1. 学習者による自由討論(テープに録音)
  2. 討論を録音したものを再生。討論中に使われた文型・表現をもとに学習

①「学習者による自由討論」は、目標言語で行われます。学習者は何でも思った通りに、自由に話すことができます。何について話してもいいんです。

言いたいことが目標言語で何というか、分からなくなったら?学習者は教師に質問することができます。何度でも媒介語で質問できるので、安心です。

その後、②「討論を録音したものを再生」しながら、そこで使われた文型・表現を振り返ります。

CLLにおいて、教師の役割は補助的なもの。その日の学習素材が何になるかは、学習者にゆだねられているというわけです。

討論の内容を振り返ることで、学習者は単に知識を得るだけではなく、学習過程や学習方法を意識するようになります。

教師にとっては、学習者の討論から何が飛び出すか分からないスリリングな授業かもしれません。でも、時には、教師が知識を伝授するのではない、CLLの教え方、考え方を取り入れてみるのはいかがでしょうか。

心理学に基づく外国語教授法③TPR―動作に結びつけた外国語教授法

心理学に基づく外国語教授法、3つ目はTPRです。TPRとは、トータル・フィジカル・レスポンス(Total Physical Response)の略。日本語では「全身反応教授法」とも言います。

TPRはアメリカの心理学者、アッシャー(J. J. Asher)によって提唱されました。

「全身反応教授法」という名前の通り、聞いたことに全身で反応するという練習方法を取ります。

TPRの考え方とは?そしてTPRが目指すものとは?詳しく見ていきましょう。

TPRの考え方―言語と動作の結びつき

TPRでも、他の多くの害億語教授法と同様に、子供の母語習得に着想を得ています。

皆さんや身近な子供が母語を話せるようになったプロセスを思い出してみてください。

生まれてすぐにぺらぺらと話し出す子供はいないはずです。周りの大人たちがたくさん話しかけるのを聞いているうちに、少しずつ話し始めたのではないでしょうか。

そうです!子供は話し始める前に、長期間大量の母語を聞いているんです。
そして、母語による命令に体で反応し、それを評価されることによって、言語と動作を結びつけていきます。

例えば、周りの大人が子供に、「ほら、これを食べてごらん。」と話しかけ(=母語による命令)、子供が実際に食べる(=体で反応)。大人が子供を「そうそう、いい子ね。」とほめる(=評価)。

子供は「食べる」という言語と動作を結びつけて、言語を習得していくというわけです。

「言語と動作の結びつき」がTPRの核となる考え方。TPRでは、聴解力を重視し、聞いたことに全身で反応するという方法で、目標言語の習得を目指します。

TPRの授業―動くことで右脳・左脳を同時に活躍させる⁉

「言語と動作を結びつける」ことで目標言語の習得を目指すTPRの授業とは?

TPRに基づいた練習は、例えば以下の通りです。

教師:立ってください。

学習者:(立ち上がる)

教師:座ってください。

学習者:(座る)

TPRの授業は、教師の指示を聞いて、学習者が動作をするという方法で行われます。最初のうちは、学習者は教師の発音を聞いて体を動かすだけで、口頭練習をしません。

どうして口頭練習をしないのかというと、以下のような理由があります。

・学習者の不安を軽減し、リラックスさせるため

初めて聞く外国語をすぐに口頭練習するのって、「先生、今なんて言ったんだろう?」、「この発音で正しいのかなあ?」って、緊張しますよね?

TPRのやり方なら、最初は教師の発音を聞くだけなので、「耳慣れない外国語の発音」を十分に観察する時間が持てます。

後で口頭練習する頃には、それはもう「耳慣れない外国語」ではなく、「耳慣れた外国語」になっているというわけ。

さらに、TPRの練習方法では、以下のような効果が期待できます。

・右脳と左脳を同時に働かせることによる学習効果

「教師の指示を聞いている」ときは左脳が働き、「体を動かす」ことによって右脳も働くことに。右脳と左脳を同時に働かせることができるので、学習効果がアップするのだそうです。

TPRの練習だけで授業を成立させるのは、難しそう。でも、たまには、アクティビティとして取り入れてみては?

筆者は、「~とおりに」(『みんなの日本語』34課)を教えるときに、次のようなアクティビティを取り入れることがあります。

教師:私が言うとおりにしてください。立ってください。

学習者:(立つ)

教師:座ってください。

学習者:(座る)

教師:右手を上げてください。

学習者:(右手を上げる)

学習者の性格やクラスの雰囲気などにもよりますが、単に「導入して、口頭練習して」を繰り返すより、体を動かす時間を設けたほうが、授業が活性化します。

「私が言うとおりにしてください」というセリフを省けば、動詞の「て形」や「~てください」(どちらも『みんなの日本語』14課)の練習にもなりそうですね。

今回は、心理学に基づいて開発された外国語教授法、サイレント・ウェイ、CLL、TPRをご紹介しました。

いかがでしたか?それでは次回またお会いしましょう。

<参考文献>

  • 小林ミナ(2019)『日本語教育 よくわかる教授法―「コース・デザイン」から「外国語教 授法の史的変遷まで』アルク
  • 佐々木泰子編(2019)『ベーシック日本語教育』初版9刷、ひつじ書房
  • 高見澤孟・大島弥生(2008)『日本語教授法Ⅰ』(NAFL日本語教師養成プログラム2)改訂 2版第2刷、アルク
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