【外国語教授法を知って深みのある授業をしよう⑨】コミュニカティブ・アプローチ

皆さん、こんにちは。

日本語教師養成講座で教授法概論を担当した筆者による『外国語教授法を知って深みのある授業をしよう』シリーズ、今回のテーマはコミュニカティブ・アプローチです。

コミュニカティブ・アプローチとは、その名のとおり「コミュニケーション能力の育成を目指した外国語教授法」です。

あれ?そもそも外国語を勉強する目的って、外国語で「コミュニケーションを取る」ことじゃないの?外国語教育の目標が「コミュニケーション能力育成」というのは当然な気も……。

思えば、ナチュラル・メソッド以来、「実用的な」、「外国語を話せる能力」を様々な形で追求してきた外国語教授法。

コミュニカティブ・アプローチは「外国語を話せる能力」を追求してきた外国語教授法の中でも最も新しい外国語教授法。そして、もちろんコミュニカティブ・アプローチだけの視点もあります。

でも、コミュニカティブ・アプローチって、他の教授法と具体的に何が違うの?他の教授法にはない、コミュニカティブ・アプローチならではのポイントとは?

これが分かれば、授業にもコミュニカティブ・アプローチの長所を取り入れて、「日本語を話せる、使える授業」を実践することができるはずです。

それでは、コミュニカティブ・アプローチの世界をひもといていきましょう。

目次

コミュニカティブ・アプローチの誕生―コミュニケーション能力の育成を目指した外国語教授法

コミュニカティブ・アプローチ(communicative approach)は、1970年代に登場した外国語教授法です。

コミュニカティブ・アプローチは「コミュニケーション能力の育成を目指した外国語教授法」の総称。特定の指導法や具体的な教室活動を指すものではありません。

コミュニカティブ・アプローチの基本的な考え方は、以下のとおりです。

・言語の学習とは、構造に慣れ、規則を覚えることではない。現場で役に立つコミュニケー ション能力を育成することである。

「現場で役に立つコミュニケーション能力育成」のため、コミュニカティブ・アプローチでは、従来の教育内容や教育方法を変革していこうとしました。

コミュニカティブ・アプローチ誕生のきっかけは2つあります。それは…

  1. ウィルキンズによる概念シラバスの作成
  2. ハイムズによるコミュニケーション能力の提唱

ここからは、コミュニカティブ・アプローチ誕生の2つのきっかけについて見ていきましょう。

ヨーロッパのコミュニカティブ・アプローチ―概念シラバスとウィルキンズ

コミュニカティブ・アプローチ誕生のきっかけのうち、1つ目はイギリスのウィルキンズ(D. A. Wilkins)による概念シラバス(notional syllabus)の誕生です。

ウィルキンズはヨーロッパ協議会(Council of Europe)の依頼を受けて外国語教育の新しいシラバスを作成。1976年に「概念シラバス」(Notional Syllabus)を発表します。

「概念シラバス」とは、名前のとおり概念ごとに項目立てたシラバスで、従来の文法シラバスや構造シラバスにかわるものです。

概念シラバスとは?文法シラバス、構造シラバスと比較してみよう

概念シラバスについて知るために、文法シラバスや構造シラバスと比較してみましょう。

①文法シラバス:文法項目を中心に組み立てたシラバス

例)第1課 動詞、形容詞

  第2課 名詞、主語、述語、助詞

  第3課 現在形

  第4課 動詞の活用、過去形

②構造シラバス:言語の構造、文型を中心に組み立てたシラバス

例)第1課 ~は~です

  第2課 ~は~じゃありません

  第3課 ~は~でした/~じゃありませんでした

いかがでしょう?現在でもこのような構成で著された教材はよく見かけますよね。

文法シラバスや構造シラバスに沿った教材を使うと、文法的知識や言語構造についての知識を得ることができ、文法的、構造的に正しい文を作ることができるようになります。

例えば、「<名詞>+が ほしいです」を構造シラバスに沿って練習した場合…

教師:車

学習者:車がほしいです。

教師:お菓子

学習者:お菓子がほしいです。

「<名詞>+が ほしいです」を使った文章が上手に作れていますよね。

でも、もし皆さんが日本語を教えている教室で、休み時間に学生が国から持ってきたお菓子を持ってきて、こう言ったらどう思いますか。

A:先生、お菓子がほしいですか。

国内の日本語学校では「あるある」な場面とセリフではないかと思うのですが、文法的には正しくても、場面的にそぐわないですよね。

例えば、「先生もおひとついかがですか。」とか、もっとふさわしい言い方をしてほしい……。どうしたら、そういった発話ができるようになるのか。そこで提唱されたのが「概念シラバス」というわけです。

「概念シラバス」は、概念とコミュニケーションにおける伝達機能という側面から作成されたシラバスです。

  1. 概念:動作の開始や継続、頻度や順序、行為者、手段など
  2. コミュニケーションにおける伝達機能:要求、受諾、拒否、感情表明など

言語の構造ではなくて、発話される場面や相手に伝えることを重視しているのが分かりますね。

アメリカのコミュニカティブ・アプローチ―コミュニケーション能力とは?ハイムズの概念

コミュニカティブ・アプローチ誕生のきっかけの1つは、ウィルキンズによる概念シラバスの提唱でした。

もう1つのきっかけとなったのは、アメリカの社会言語学者ハイムズ(D. Hymes)の「コミュニケーション能力」の提唱です。1972年のことでした。

ハイムズが提唱した「コミュニケーション能力」とは、一体どのようなものなのでしょうか。

もう一度、「概念シラバス」のところで挙げた「教室で学生が先生にお菓子をすすめる」場面を思い出してみてください。

「<名詞>+が ほしいです」という文型を学習した学習者は、相手の願望を尋ねるときには「<名詞>+が ほしいですか」と言えばいいことを学びます。

例)「お菓子がほしいですか。」

「お菓子がほしいですか」という一言が例えば、対等な立場であるクラスメートに向けて発したものであれば、そこまで違和感がありませんよね。

友達同士と言うことで「お菓子ほしい?」のほうが自然かなとは思いますが、「ほしい」という単語を使うことによる違和感はありません。

でも、同じセリフを教師に向けて言ったとしたら?

例)先生、お菓子がほしいですか。

目上の相手に対しては、「ほしい」という単語を使うこと自体に違和感がありますね。

日本語学校の先生は日本語のプロですから、笑顔でそっと正しい言い方を教えてくれるかもしれません。(そして影で「<名詞>+がほしいです」の授業中に構造だけを教えた自分を振り返って、反省しているかも笑)

でも、他の日本人(例えば学生のアルバイト先の上司とか)の場合は?目上の人に向かって「お菓子がほしいですか」とは、なんて失礼な外国人なんだと怒りだしてしまうかもしれません。

「コミュニケーション能力」とは、例えば、友達には「お菓子ほしい?」、教師には「先生もおひとついかがですか」と言い方を使い分けられる能力。言語の構造だけではなく、「いつどんな場面で」、「どんなふうに」使うのか知っていて運用できる能力のことです。

コミュニカティブ・アプローチの特徴―従来の外国語教授法と何が違う?

ここまで、コミュニカティブ・アプローチ誕生のきっかけを見てきました。

「コミュニケーション能力とは、場面にふさわしい言語運用ができる能力である」ことがわかっていただけたと思います。

でも、ナチュラル・メソッド以来、様々な外国語教授法が「実用的な外国語習得」、「話せるようになる外国語教育」を目指して試行錯誤してきましたよね?従来の外国語教授法とコミュニカティブ・アプローチの違いとは?

従来の外国語教授法とコミュニカティブ・アプローチの違いを一言でまとめると、以下の通りです。

  • 従来の外国語教授法:どう教えるか(教え方)に重点
  • コミュニカティブ・アプローチ:何を教えるかに重点

従来の外国語教授法は、教室活動や元になる考え方は様々でしたが、学習のゴールは共通していました。

「言語知識を正しく身につけること」こそ従来の外国語教授法共通のゴール。言語知識さえ正しく身につけば、あとは自然に使えるようになるだろうというのが従来の考え方でした。

ですから、「言語知識を正しく身につける」ためにはどう教えたらいいのかという「教え方」のバリエーションに重点が置かれていたのです。

コミュニカティブ・アプローチは、「正しい言語知識」よりも「場面にふさわしい文が作れる知識」を重視します。そこで重要になってくるのが、「何を教えるか」。

コミュニカティブ・アプローチの特徴は大きく4つあります。

  1. 学習者中心の教育
  2. メッセージの伝達
  3. 意味の重視
  4. 記憶と意味

ここからは、個々の特徴について詳しく見ていきましょう。

コミュニカティブ・アプローチの特徴①学習者中心の教育

コミュニカティブ・アプローチの特徴1つ目は、「学習者中心の教育」を目指しているところです。

「学習者中心の教育」って当たり前のことじゃない?確かにそうなんですが、では私たちは日常どのくらい「学習者中心の教育」を実践できているでしょうか?

コミュニカティブ・アプローチが目指す「学習者中心の教育」とは、学習目的、到達目標、学習内容、授業のやり方…教育のすべてにおいて「学習者の条件を優先」するというものです。

どんなにすばらしい先生が、すばらしい授業を展開したとしても、学習者が上達しなければ、その授業は「成功である」とは言えません。

よかれと思って教えていることが、いまいち学習者に届いていない…悲しいながら、授業をしていると、よくある展開です。

教師が、学習者は「どうして学習したいのか」、「学習して何ができるようになりたいのか」を知って、学習者が抱いている学習目標の実現に尽力したら…学習者は「目標が達成できた。うれしい。もっと上手になりたい!」意欲的に学習に取り組めますよね。

コミュニカティブ・アプローチにおける授業とは、「教師からの知識の伝達」ではなく、「学習者が自発的に参加」するもの。教師は学習者のサポート係です。

コミュニカティブ・アプローチの特徴②メッセージの伝達能力向上でコミュニケーション能力UP!

コミュニカティブ・アプローチの特徴2つ目は、「メッセージの伝達能力向上」を目標としているところです。

コミュニカティブ・アプローチの場合、教育の目的は「コミュニケーション能力の育成」です。

言語教育の目的が「コミュニケーション能力の育成」って当たり前じゃない?いいえ、従来の外国語教授法が言語の構造や規則を教えていたことを考えると、画期的なことだと言えるでしょう。

では、どうやったらコミュニケーション能力って育つの?

コミュニケーション能力UPのヒントは、現実のコミュニケーション場面にあります。

現実のコミュニケーションの場で大切なこと。それは、文法的に正しい文を発することではなく、メッセージを受け取ったり、伝えたりできる能力です。

前回に引き続き、またまた「先生、お菓子がほしいですか。」という文を例に見てみましょう。

「先生、お菓子がほしいですか。」という文は文法的には正しいです。「<名詞>+が ほしいです」という文型の形を正しく使えているのですが、実際のコミュニケーションの場で、先生(目上の人)に対して使うのは、ふさわしくないですね。

他にも、例えば職場で、「金曜日、皆で一緒に食事しませんか。」と言われて断りたい場合、皆さんならどう言いますか。

「食事したくないです。」とは言いませんよね?「食事したくないです。」も文法的には正しい文ですが、場面にふさわしくありません。恐らく「すみません。その日はちょっと…。」のように婉曲的に断るのではないでしょうか?

実際のコミュニケーションの場では、文法的に正しい文よりも、場面や状況に応じたメッセージのやり取り、その社会で拒絶されないメッセージのやり取りができる能力が求められます。

例えば「日本では目上の人に物をすすめるときは『~はいかがですか』と言ったほうがいい」とか、「はっきりと誘いを断ると失礼だと思われる」とか。

形の練習だけではなく、学習する言語が話されている社会についても学び、その社会で受け入れられるように教育していく必要があるのです。

コミュニカティブ・アプローチの特徴③意味の重視―形式・意味・使用場面の結びつき

コミュニカティブ・アプローチの特徴3つ目は、「意味の重視」です。

言語には「形式」と「意味」という2つの側面があります。

オーディオリンガル・アプローチでは、「形式」を重視し、その分「意味」がおろそかになっていました。

しかし、現実のコミュニケーションの場で行われる「メッセージのやり取り」とは、「形式のやり取り」ではなく、「意味のやり取り」です。

例えば、次のような文について考えてみましょう。

例)「今度食事でもしましょう。」

「食事に誘ってるのかな?」という一文ですが、どんな場面で、誰が言っているかによって受け取り方って変わってくるものです。

例えば、普段から仲が良い人に「今度食事でもしましょう。」と言われたら…。具体的にスケジュールを調整して、食事の約束をしようと思いますよね?

でも、例えば商談のために初めて会ったような、親しくない人に「今度食事でもしましょう。」と言われたら…。ただの社交辞令かな?と思って軽く受け流すのではないでしょうか。

他の例だと、例えば日本人の「考えておきます。」は本当に考えるのではなく、婉曲的に断っている場合もありますよね。

このように現実のコミュニケーションの場では、「形式」の理解ではなく、場面に即した「意味」の理解がポイントになってきます。

ですから、「形式」だけではない、「意味」と「使用場面」を結びつけた言語教育をする必要があるというわけです。

コミュニカティブ・アプローチの特徴④記憶と意味―意味を手がかりに長期的な記憶につなげよう!

コミュニカティブ・アプローチの特徴4つ目は、「記憶と意味」です。

外国語上達のためには、語彙や文法、さらにはその言語が使われている社会の習慣などを「記憶」することが欠かせません。

語彙が覚えられない、先生の説明を聞いてもすぐに忘れてしまう…それでは、なかなか外国語を話せるようにはなりませんよね?

以下は、日本語教育ではなく、筆者(日本語教師業と並行して韓国語も教えています)がとある民間の教室で韓国語を教えていたときの話です。

熱心な受講者の方で、宿題も筆者が「やってください」と言った量の2倍も3倍もしてくる方でしたが、どうも判で押したようにいつも同じ文型を間違えます。「この文型は使いません。こちらの文型を使いますよ。」と毎回添削するのですが、直りません。

語彙も書き間違いも多いです。既習の語彙なのですが、よくスペルを間違えます。

どうして間違いが多いのか。鍵は「記憶できていない」ことにありました。既習の文型や語彙がきちんと覚えられていないから、毎回辞書を引きます。

でも、辞書って、引き方によっては違う文型にたどりついてしまうこともあるし、ノートに単語を書き写すときにミスも起こしがち。そもそも「記憶」できていれば、毎回辞書を引かなくても済むし、その分上達するのに。

では、どうしたら効果的に語彙や文法、習慣を覚えることができるのでしょうか。

とっかかりになるのは、「意味」です。

「意味」を軽視して、例えば会話を丸暗記しようとしても、その記憶はその場限り。長期的な記憶には結びつきません。

ですから、コミュニカティブ・アプローチでは、文や語に盛り込まれた「意味」を重視します。

そもそもコミュニカティブ・アプローチにおいて、言語はメッセージのやり取り、つまり「意味の伝達」に使う手段。

確かに場面や状況、「意味」と結びついていたほうが、記憶が定着しそうですね。

筆者は昔、韓国に語学留学していたとき、韓国語の授業でよくロールプレイをしました。

「初対面の人と待ち合わせをしたけど、待ち合わせ場所で見つけられないので、電話をして服装の特徴を聞く」とか、「クリーニング屋に預けた服が破れて戻ってきたのでクレームをつける」とか、結構具体的な場面を想定してペア練習。

留学を終えて何年もの月日が経ちますが、今でもふとした瞬間に「ああ、ここでこんな文型を使ったな」とか、「こんなやり取りをしたな」と思い出すことがあります。

具体的な場面や意味と結びついていた(さらに言えば、留学中で、現地の生活とも結びついていた)からこそなのかもしれませんね。

今回はコミュニカティブ・アプローチについて紹介しました。いかがでしたでしょうか。ぜひ皆さんの授業運営の参考にしてみてくださいね。

<参考文献>

  • 小林ミナ(2019)『日本語教育 よくわかる教授法―「コース・デザイン」から「外国語教 授法の史的変遷まで』アルク
  • 佐々木泰子編(2019)『ベーシック日本語教育』初版9刷、ひつじ書房
  • 高見澤孟・大島弥生(2008)『日本語教授法Ⅰ』(NAFL日本語教師養成プログラム2)改訂 2版第2刷、アルク
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